美容・健康
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結婚、出産、病気…さまざまな経験から必要性を感じ女性目線の鍼灸サロンを開業。


鍼灸科 2011年卒
上田 真由子さん
2018年3月取材
語学系の専門学校卒業後、エステティシャンとして国内外で長年活動。結婚を機にいったん退職するが、育児が一段落してエステの経験も生かせる資格をと思い、呉竹鍼灸柔整専門学校鍼灸科に社会人入学を果たす。卒業後は都内の有名美容鍼サロンで数年勤務後、自分のぺースで仕事をしていきたいと思い、昨年(2017年)横浜市都筑区に美容鍼灸サロンを開業。

マイペースで働きたい。病気が転機となって開業を決意

人生の大きな転機は、その前兆にものすごく辛いことがおこると言われています。私にとってそれは、乳がんの発覚でした。いまから2年前、44歳のときでした。当時、美容鍼のサロンで働き、忙しくも充実した日々を送っていたのですが、治療のため退職せざるを得なくなりました。幸い発見が早く、手術も成功し、ほどなくして身体も気持ちも元気になったのですが、治療を継続している段階でもあるので、以前よりもう少しマイペースでやりたい、という思いから独立を決意しました。 そして2017年、横浜市営地下鉄ブルーライン「センター北駅」で、美容鍼に特化したサロン「エイジングケア鍼灸サロンはりプラス」を開業するに至ったのです。

忙しさを感じる暇もないほどバタバタしていた呉竹時代

遡ること26年前―語学系専門学校を卒業後、大手エステサロンに就職し、長年エステティシャンとして働きました。20代後半にはグアムでサロン店長をしていたこともあります。帰国後、30歳で結婚。子どもができたタイミングで仕事を辞め、しばらくは子育てに専念していましたが、長男が小学校に入学するとき、私も何か勉強してみたくなったのです。もともと人を気持ちよくすることが好きだったのと、どうせやるなら手に職をつけたい、という理由から呉竹学園で鍼灸師を目指すことにしました。30代後半だったので、若い人に馴染めるかしら?とドキドキしましたが、意外に同年代の女性が多くて驚きました。結婚して子どもがいる、同じ境遇のクラスメイトとは、すぐに打ち解けられたし、とても居心地がよかったです。一方で想像通りだったこともあります。それは家事と学業の両立の大変さです。特に、次男はまだ1歳10か月でしたからね。朝、子どもたちを保育園に預けてから午前中の授業を受け、午後に自習をしてから夕方保育園にお迎え。帰宅後、夕飯を食べさせ、勉強を再開。試験前はそれでも足りないので、一旦子どもと一緒に寝てから、ひとりで夜中に起き、朝まで勉強…。忙しいと思う暇もないくらい忙しかったです。

育児、介護、更年期で辛いそんな女性が心からくつろげる場所でありたい

美容鍼に興味を持ったのは、呉竹に入ったあとです。雑誌でその存在を知り、卒業後に美容鍼の第一人者である岡本真理先生の門を叩き4年間、実技や接遇など、実にいろいろなことを教わりました。壮年期の女性は、子どものこと、親のこと、自身の更年期が折り重なり、精神的にも体力的にも辛い時期です。ときには心を休めたいけど、どこに行けばいいのか分からない。また、私のように病気で手術痕がある場合、エステやマッサージで服を脱ぐことに抵抗がある、という方も少なくありません。そういう女性に、心置きなくくつろいでもらいたい、そんな思いから、自身のサロンでは完全予約制でお客様一人一人にお時間を確保。スタッフは雇わず、すべて自分で対応する形態にいたしました。

美容鍼の目的は肌トラブルの原因でもある身体をほぐし健康的な美を目指すこと

鍼は薬と違って自身の持つ治癒能力を引き出すため、副作用もなく安全、しかも即効で効果が表れることが魅力です。さらに、美容鍼の治療目的はしわやたるみを改善するだけではありません。お顔のトラブルは肩や首の凝りなど身体の不調が原因であることも多いので、私は必ずお顔とお身体と両面でアプローチしています。身体がほぐれ不調が改善されると、自然と笑顔になるので、「家庭円満になる」とおっしゃるお客様もいます。いつまでも若くて美しく健康でいたいという願いはすべての女性に共通する願い。これからも、自身の体調に気をつけながら、美容鍼を通して美しく健康的な女性を応援していきたいと思っています。

美容鍼灸サロン/はりプラス(オーナー)を目指すなら