酒井先生 治療院・接骨院
治療院・接骨院

投球障害に悩む選手を
ひとりでも多く救うのが役目です


柔道整復科 2012年卒
酒井 大輔さん
2017年3月取材
桜美林高等学校-東京経済大学出身。高校2年のときに甲子園出場。大学、社会人チームでも硬式野球を続ける。25歳で選手を引退。勤めていた会社も退社し、呉竹鍼灸柔整専門学校の柔道整復科へ入学。在学中から勤務していた「とわグループ」に就職し、2017年にむさしなかはら接骨院の院長に就任。投球リハビリ外来を設立し年間約200例の投球障害の治療や障害予防のための投球動作指導を行う。

野球にかけた人生を無駄にしたくないという思いで柔道整復師をめざす

将来、自分が柔道整復師になるとは思っていませんでした。初めて意識したのは、「もうプロ野球選手にはなれない」と感じたときです。小学校1年で野球を始め、高校ではキャッチャーとして夏の甲子園にも出場しました。大学進学後もプロ野球選手になることを夢みて、野球を続けました。しかし、両膝の手術などを経験し、次第に思うようなプレーができなくなりました。それでも、まだ夢を諦めきれず、一般企業に就職しながら、企業のクラブチームに所属し、野球を続けました。とはいえ、もう二十代も半ば。チームもなかなか試合に勝てず、…さすがに潮時かなと思い、ユニフォームを脱ぐ決心をしました。そのまま会社員でやっていくという選択肢もありましたが、もっと自分の経験や生き方を生かせる職業はないか?と考えたときに初めて「柔道整復師」という仕事が頭に浮かんだわけです。

動作を改善して障害を予防する
投球リハビリ外来を設立

呉竹に通っていた3年間は、息つく間もないくらい忙しかったです。朝5時半に起床し、6時半に家を出て、7時過ぎから12時まで接骨院で働き、食事もとらずに学校へ行き、授業を受け、終わるとまた接骨院に戻り、夜10時まで働く毎日。遊んでいる暇もなければ、悩んでいる暇もありませんでした。それでも落ちこぼれず、試験に合格したのは、野球で培ったオン・オフの切り替えや、集中力のお陰かもしれません。
卒業後は学生時代から働いていた接骨院に残り、入社9年目です。現在は「むさしなかはら接骨院」の院長として勤務しています。ここはスポーツに特化した接骨院ということで、外傷患者も非常に多いところです。そのなかで、私は野球の経験を生かし、「投球障害予防コンサルタント」として、2014年に「投球リハビリ外来」を立ち上げました。野球をっている子が肘痛や肩痛に悩まされ病院を訪れた場合、「野球肘」や「野球肩」といったざっくりとした言葉で診断され、治療も対症療法で済まされがちです。でも、同じチームでも痛めてしまう子とそうでない子がいるのはなぜか?それはやっぱり原因があるからなのです。そのひとつが投球フォームです。そこに特化し、怪我や痛みが出にくい投げ方を指導しつつ、コンディショニングを行うのが「投球リハビリ外来」です。経験則だけでなく、きちんと人間工学をベースにした内容なので、効果も出やすく、お陰様で好評をいただいております。一つでも多く投球障害を減らし、ひとりでも多く投球障害に悩む選手を助け、選手の未来を守ること。そして、将来的には専門の施設を作ることが私の目標です。

柔道整復師は患者様の人生に関われる魅力ある仕事です

柔道整復師は患者様との距離が近いぶん、影響力があります。その方の人生に関われる点は大きな魅力ですが、それだけに責任の重さも感じます。怪我を治したことで、患者様の道が大きく開けることもあるでしょうが、逆にこちらの不手際で不利益を与えることもあるかもしれません。ただ単に資格を取りたい、というだけでは、その辺の厳しさを受け止めきれないかもしれません。これから柔道整復師を目指す方は、資格を手にした後、自分が何をするか、何をしたいかを明確にすることが大切です。そこがはっきりし、志が持てれば、この仕事はとてもやり甲斐のある素晴らしい職業だと思います。

スポーツ経験を生かした治療家を目指すなら