池端さん1 スポーツ / トレーナー
スポーツ / トレーナー

自分自身を磨き、選手と一緒に東京オリンピックを目指したい


鍼灸科 2013年卒
柔道整復科 2010年卒
池端 賢司さん
2017年2月取材
日本体育大学柏高校-日本体育大学出身。中学から体操をはじめ、大学在学中は体操競技部16代目トレーナーとしてチームに貢献。卒業後は呉竹鍼灸柔整専門学校に入学し柔道整復科→鍼灸科でWライセンスを取得。大学や社会人体操チームなどのトレーナーを経て、2015年より徳洲会体操クラブ専属トレーナーに就任。

日体大体操部が
日本一に輝いたことで
トレーナーという職業を意識

私は日本体育大学(以下、日体大)の体操競技部の出身です。13歳から始めた体操ですが、自分の中で限界を感じ大学1年のときに競技生活に区切りをつけました。体操競技部は部内にいろいろな役割があるのですが、私はトレーナー部門に移り、選手を裏で支える側になりました。そして、大学4年のときに「全日本体操競技選手権」で日体大が優勝(徳洲会と同点優勝)!関係者として、瞬間を見届けられたのは、今でも最高の思い出です。その経験が、トレーナーを職業として意識するきっかけになったと思います。

入学後、本当にこの道でいいのか?
自問自答した苦悩の日々

大学卒業後、呉竹学園に入学し、6年かけて柔道整復師と鍼灸師の資格を目指しました。お陰様で、Wライセンスを取得することができましたが、そこにたどり着くまでの道のりは平坦ではありませんでした。学生をやりながら、トレーナーとして日体大の女子体操競技部に所属、さらに接骨院でアルバイトもしていましたので、毎日忙しくしていました。そのころ、高校や大学の同期はみんな就職していて、丸1日働き、給料も一人前にもらっている。それに比べ、私は奨学金を借りながら学生を続けていることに不安を感じていました。何度も「本当にこの道でいいのか?」と自問自答を繰り返す日々。途中、トレーナーとして関わっていた日体大の女子選手がオリンピックの代表に選ばれるなど嬉しいトピックスもありましたが、事が過ぎるとモチベーションがなくなり、虚無感にかられたこともありました。
でも今ははっきりと言えます。「この道を選んでよかった」と。
自分がやったことに対し「ありがとう」と直接感謝されたり、関わりのある選手がいい成績を出せたりすると、やっぱり単純に嬉しいものです。やる気をなくした私がこんな気持ちになれたのも当時、相談に乗ってくれた先輩やクラスメイトのお陰だと感謝しています。

選手からの温かい言葉で
頼りない自分に奮起し
ギアチェンジ

現在は「徳洲会体操クラブ」の男子チームのトレーナーとして働いています。徳洲会はご存じの通り、コナミ、順天堂大学、日体大と並ぶ体操の名門です。世界一を目指す猛者たちが集う現場は責任もあり大変です。それまでは、主に大学の女子選手を担当していたわけですが、当時持っていた技術では、全く太刀打ちできませんでした。男子と女子は筋肉や骨格、さらに選手との関わり方も全く違うため、最初はどうしていいか分かりませんでした。そんなとき私を救ったのは選手の言葉でした。選手が「一緒に上を目指しましょう」と励ましてくれたのです。本当はこちらが支える側にもかかわらず…そんな頼りない自分に奮起!それから自分なりに勉強を重ね、なんとかギアを一段上げることができました。

選手と一緒に上を目指すには自分自身の成長が必要

目下、チームには11名の選手がいます。曜日によっては手伝ってくれるスタッフもいますが、普段は私ひとりで担当しています。朝8時過ぎに体育館に行き、12時間近くいることもあります。プライベートの時間は少ないですが、暇を見つけてはセミナーに行ったり、本を読んだりし、勉強することを心掛けています。自分自身も成長しなければ、選手と一緒に上を目指せないからです。学生時代から、あっちにぶつかり、こっちにぶつかりした私ですが、これからは目標設定を明確に持ち、正しい方向に正しい努力ができる人間になりたいと思っています。目標はもちろん、チームを日本一にすること。そして、東京オリンピックにひとりでも多くの代表選手を出すことです!

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