松田先生 スポーツ / 独立開業
スポーツ / 独立開業

治療家に一番必要なのは「人間性」。Jリーガーから治療家へ転身


柔道整復科 2006年卒
松田 悦典さん
2017年3月取材
大宮県立大宮東高校出身。全国高校サッカー選手権で注目を集め、プロ入り。浦和レッズ-サガン鳥栖で10年間プレーし、2002年に現役引退。翌年に呉竹鍼灸柔整専門学校の柔道整復科へ入学。卒業後は3年の治療院勤務を経て、2009年に埼玉県蕨市に『わらびFit整骨院』を開業。

サッカー選手の次は「社長」
そんな野望から治療家を目指す

約10年間、Jリーグでサッカー選手をしていました。1993年、三菱自動車フットボールクラブ(現・浦和レッズ)に入団。その後、鳥栖フューチャーズ(現・サガン鳥栖)に移籍し、2002年、現役を引退しました。プロ入りしたのがJリーグ元年だったので、一番華やかな時期を経験しました。
世間知らずだった私は、これで人生安泰だと浮かれ気味に。しかし、現実は甘くありません。突然の解雇通告、2度の怪我など、決して順風満帆な選手生活ではありませんでした。晩年、Jリーグに引退後の人生をサポートしてくれる、セカンドキャリアという部署がつくられ、担当者が私のところに尋ねてきました。「次にやるなら、どんな仕事に興味がありますか?」という質問に「社長」と答えた私。以前から興味があったインテリアデザイナーなど、独立できる仕事をいくつか考えましたが、思えば怪我をした時、何度もトレーナーという仕事に助けられ、選手として人一倍怪我と向き合ってきた経験がある。そんな「今までの自分」を生かせるはずだと思い立ち、柔道整復師を目指すことにしました。

退場の危機を乗り越え必至で手にいれた柔道整復師の免許

呉竹には毎日2時間近くかけて通いました。当初、出席さえすれば免許がもらえると思っていたので、授業には出ていたものの、スポーツ治療院でのアルバイトが楽しく、勉強は全くしていませんでした。完全に舐めてました。
その結果、1年のときに進級が危うくなり、イエローカードを食らいます。学校から呼び出され、先生に「サッカーでは体と頭を使い頑張った。勉強は頭だけ使えばいいのに、どうしてそれを頑張れないんだ」と叱咤激励され、ようやく目が覚めた次第です。もともとゴールを目指すのは得意なので(笑)、そこから猛勉強をし、無事、柔道整復師の試験に合格することができました。

体を触られる患者さんにとって
治療家の人間性は重要

2009年「わらびFit整骨院」を開業しました。当初から経営はわりと順調でしたが、20年先、30年先を考えると不安もありました。もっと経営について学ぶ必要がある、そう感じた私は、いわゆる経営書を読み漁りました。そこから、私が感じとったことは、「よい経営者は能力だけでなく、人間性を磨かなければならない」ということです。治療家も然りだと思います。よい治療家になるには、手技だけでなく人間性を磨く必要があるのです。体に手を当てて治療をするわけですから、悪い人間の手よりも、良い人間の手のほうが、絶対により良い治療となるはずです。思いやり、気遣い、感謝、謙虚の心を持って治療すること――それが必ず財産になることを確信した現在、不安な気持ちはなくなり、将来が楽しみになってきました。

少ない時間で効果が出る
「FIT式関節調整法」が好評

インテリアデザイナーの夢は果たせませんでしたが、当院は私のこだわりがつまったインテリアとなっています。コンセプトは木のぬくもりが感じられる癒しの空間です。スタッフ総出で作業した「手作り感」も味となり、いい意味で整骨院にはない仕上がりが気に入っています。お陰様で紹介や口コミで来院される方が多く、近々、分院を出す予定です。患部に直接アプローチするのではなく、筋肉と骨の歪みを調整することで、痛みをとるオリジナルの治療法、「FIT式関節調整法」が好評をいただいております。少ない時間で効果が出るので、患者さんにとっても、治療をする我々にとっても負担が少なく有益です。興味がある方は、ぜひお立ちよりください。

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